涙道疾患の治療
涙は主に眼の耳側上方にある涙腺(るいせん)から分泌され、眼の表面を潤わせてから目頭にある涙点(るいてん)に入り、涙小管(るいしょうかん)、涙嚢(るいのう)、鼻涙管(びるいかん)を通って鼻腔(びくう)へと抜けていきます。この涙の排水経路を涙道(るいどう)といい、涙道のどこかが細くなったり、閉塞したり、菌が繁殖して炎症を起こしたりする眼疾患を総称して涙道疾患と呼びます。
涙道の通りが悪くなると、涙がたまってこぼれやすくなったり、目やにが増えたり、ひどくなると涙嚢炎を起こし、膿がたまって目頭に強い痛みや腫れの症状が現れます。また、閉塞が長く続くと、炎症や化膿によって癒着が生じ、閉塞部の治療が難しくなってしまうこともあります。
病的な涙管閉塞を来す部位には涙点、涙小管、鼻涙管の3つがあり、鼻涙管閉塞が最も多いです。原因としては結膜炎、眼瞼炎、副鼻腔炎などの炎症性疾患の既往、外傷、類天疱瘡、Stevens-Johnson症候群、腫瘍、点眼薬や抗がん剤などの薬剤、放射線、習慣的プール使用、特発性などが挙げられますが、加齢による閉塞が最も多いです。また、生まれつき涙道が閉塞している先天性鼻涙管閉塞もあります。
涙道閉塞は高齢者に多く、性差では50~83%と女性に多いです。これは顔面骨の性差で男性より女性のほうが鼻涙管の内径が狭いこと、エストロゲンの低下による粘膜の変化などが原因と考えられています。閉塞が長期間に及ぶと涙嚢内に粘液が貯留し、細菌叢が変化することで慢性涙嚢炎に至ります。慢性涙嚢炎は涙嚢内に膿性粘液が貯留している状態であり、時に涙嚢周囲に蜂窩織炎を伴う急性涙嚢炎に転化することがあります。
涙道閉塞の代表的な自覚症状として流涙が挙げられます。流涙は導涙性流涙と分泌性流涙に大別され、涙道閉塞は導涙性流涙をきたす代表的な疾患です。その他に涙嚢部腫瘍や、外傷などによる涙管のポンプ機能の障害などが挙げられます。分泌性流涙は眼表面の刺激により起こる流涙であり、眼科疾患としては結膜炎、ぶどう膜炎などの炎症性疾患、角結膜上皮障害、角結膜異物、睫毛乱生、ドライアイなどが原因となります。
涙道閉塞の診断は流涙、眼脂、眼部不快感などの自覚症状、細隙灯顕微鏡検査による下まぶたきわの部分の涙液貯留、涙管通水試験による涙液排出の障害、およびフルオレセイン色素残留試験陽性によってなされます。また、涙嚢部腫瘍の鑑別のため、CTなどの画像検査を要することもあります。
涙道閉塞は基本的には点眼薬や内服薬などで改善することはなく、閉塞部を開通させて涙の通り道を確保する手術が治療となります。手術方法は、もともとの涙道を再建する手術(涙道内視鏡を用いた涙管チューブ挿入術)と、新しい涙道を作るバイパス手術(涙嚢鼻腔吻合術)があります。当院では涙道内視鏡を用いた涙管チューブ挿入術をおこなっております。
涙管チューブ挿入術は閉塞部位を穿破し、再閉塞の予防のために涙道粘膜が安定するまで一定期間涙管チューブを挿入、留置することで、もともとの涙道を再建する術式です。以前は涙道内腔を目視できないために、盲目的な手技となり、術者の熟練度が手術成績に大きく影響しました。しかし1979年に開発された涙道内視鏡の登場により、涙道内腔を目視下に観察することが可能となり、安全性、確実性が向上し、手術成績の向上に寄与しています。日本では2000年に医療機器として承認されました。
涙管チューブは過去に多様な形状、材質で開発されてきましたが、現在一般臨床に広く用いられている涙管チューブの原型は、ヌンチャク型チューブです。中央の細い部分とその両側の太い部分で構成され、文字通りヌンチャクのような形状です。太い部分には付属ブジーが挿入されており、涙管チューブ両端を上下涙点より涙管に挿入後、ブジーを抜去することで涙管に留置します。素材はシリコーンやポリウレタン、またはポリウレタンとスチレン・イソブチレン・スチレンブロック共重合体(stylene / isobutylene / stylene block copolymer : SIBS)混合物が用いられており、表面は親水性コーティングにより細菌の付着を抑制する工夫がなされています。
涙管チューブが挿入されていても、見た目ではわかりません。涙管チューブ留置期間は、手術中の涙道内腔の状態や閉塞の重症度、留置期間中の涙管通水検査での所見で判断しますが、およそ2~3か月でチューブ抜去する報告が多いです。
涙嚢鼻腔吻合術は、皮膚側から(鼻外法)または鼻腔内(鼻内法)から、涙嚢と鼻腔を隔てる骨に穴をあける骨窓を形成し、涙嚢粘膜、鼻粘膜を切開することで涙嚢内腔と鼻腔内腔を交通させ、涙嚢へ流入した涙液が鼻涙管を経由せずに直接鼻腔へ排出されるバイパスを形成する術式です。 涙嚢鼻腔吻合術の成功率が90%以上に対して涙管チューブ挿入術の成功率はおよそ64-89%と低いものの、涙嚢鼻腔吻合術に比べ涙管チューブ挿入術のほうが骨窓形成を必要とせず、侵襲が低いため鼻涙管閉塞の第一選択の術式となってきています。